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志村けんは、間違いなくぼくらのヒーローだった


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志村けんさんが亡くなりました。

速報が出たときは会社にいたんですが、みんながざわめきました。20代~50代、いろんな世代がいたんですが、誰もが声をあげました。

その影響力のスゴさを実感しつつ、ぼくはなかなかその事実を咀嚼できないでいました。なぜなら、ぼくにとって、おそらく40代の人にとって、志村けんさんはヒーローだったからです。そして、ヒーローは死なないはずだからです。

『8時だョ!全員集合』の志村けん

ぼくらの世代にとって、土曜日の夜8時は『8時だョ!全員集合』でした。

ぼくらの世代とは、『全員集合』の昔のコントの映像を見ると「志村、うしろー!」と叫んだり、「カラスの勝手でしょー」と歌ったりしてる子供たちが確認されると思いますが、その世代です。まったくもって、ドンピシャの世代。

ぼくらはドリフを見ることができる土曜日夜8時をいつも心待ちにしていたし、翌日学校に行かなくてよい状況に酔いながら、無責任に爆笑していたのです。

そして、その中心にいたのが志村けん。ていうか見ていたのは志村さんだけ。

大人になってから見るとドリフターズは5人であり、それぞれの役割があり、それらが相まって笑いを生んでいると理解できるのですが、子供にとってはもう「全員集合=ドリフ=志村」でしかなく、とにかく志村けんさんの動き、声だけを追っていました。

その存在の登場を待ちわび、登場したら歓喜する。まさに、ヒーロー。志村けんさんは、土曜の夜8時に現れる、笑いのヒーローだったのです。

志村は志村

その志村さんが亡くなったのは非常に寂しいことですし、偉大な喜劇王の死は日本の損失です。しかも死因が新型コロナウィルス。非常にインパクトのあるニュースです。

だから、人々は言います。「志村さんは新型コロナの怖さを身をもって教えてくれた」とか「コロナの犠牲者」とか。逆に、信じがたいことにここぞとばかりに貶めるようなことを言う人もSNSではチラホラ見かけます。

しかしそんなことは本人は望んでないでしょう。

死なんて生きているもの全員に絶対に訪れるものですし、そもそもそれ自体には意味はない。残されたものがそこに意味をつけたがるのは当然のことで理解できますが。

だから、遺族でもないぼくらは「志村けんが死んだ。悲しい寂しい」と思って死を悼めばいいと思うのです。というか、それしかない。必要以上に持ち上げたり貶めたりするのは不自然としか思えません。

ヒーローの消失

なのでぼくも志村けんさんの逝去を「ひとりの人間の死」と捉えたかったわけですけども、困ったことにまったくそうは思えないのです。

なぜならば、志村さんはぼくにとってヒーローだったから。ヒーローというのは無敵で不滅であるべきものだから。

冒頭で、志村さんの死という事実を咀嚼できない、と書きましたが、それは志村さんがぼくの土曜8時のヒーローだったからなんですね。「え?ヒーローなのに死ぬの?」とか、子供じみたことが頭をよぎるんですよ。「ヒーローは死なない」というお約束が守られてないからなんですよ。

ぼくらの世代には、そうやって思っちゃってただただ得体のしれない喪失感ばかりを感じてる人は多いんじゃないでしょうか。

なんとなく理由もなく、元気になって復帰すると思ってただけに。

最後に

ともあれ、日本のコメディアン志村けんさんは亡くなりました。

ぼくは、ご冥福をお祈りするとともに、とにかく感謝をしたい。

志村さん、子供のころからずっと笑わせ続けてきてくれてありがとうございました!

志村けん―わたしはあきらめない

志村けん―わたしはあきらめない

  • 発売日: 2003/02/01
  • メディア: 単行本