沖縄のシンボルといっても過言ではない首里城が焼失してしまったことはみなさんご存知だと思います。
ぼくら県外の人間にとって「沖縄といえば首里城!」みたいな存在でしたし、県民の方にとってはアイデンティティを奪われるほどの喪失感を感じられてるのではないでしょうか。こういうのを勝手に推測するのもアレですけど。
そんな首里城を見ることができて、ぼくは本当に運が良かったと思います。
首里城に行った日
会社の旅行で2019年10月19日~22日、沖縄に行ってました。
基本各自自由行動なので、ぼくは沖縄のお城(グスク)を巡ろうと決めていました。そしてそれは21日に実行しました。各地のグスクを巡り、そのラストを首里城で締めるというコースです。
この記事の中で、ぼくは首里城のことをこのように書いています。
色んな城(グスク)を見て回ったんですけど、やっぱり首里城は違いますよね。平時の城というか。王の権威を見せつけるための城というか。だから正直言うと城としては楽しくない。
大変申し訳ないけどこれはぼくの本音で、やっぱり城って「守るぞ!」ってカンジの城を攻め手と守り手両方になってその城を想像して体験するのが楽しいんですよ、歴史好きとしては。
だからといって首里城が退屈だとかそんなわけではなく、首里城は首里城でその存在意義ってのがあって、史料や文化財がゴマンと残っていて、それらを見るのはそれはそれで滅茶苦茶たのしい。
そして、建て直されたとはいえ、首里城自体が文化財。
首里城が燃え落ちた日
そんな首里城が、2019年10月31日、燃えて落ちてしまった。1月に約30年かけた再建プロジェクトが完了したばかりだったのに。
その日の朝、起きてテレビを見たぼくは映像でその様子を見せられて、しばらくボーゼンとしてしまいました。
「え…?首里城が…?この間見たばっかりやのに…」
ぼくが首里城を見たのが、書いたように21日。炎上したのが30日。10日もしないうちにあれだけぼくを圧倒させた建造物が、なすすべもなく燃え上がっている…。沖縄県における首里城のシンボルとしての存在意義を知ったばかりなのに…。
しかも、やっとわかってきたところでは、城内に収蔵されていた美術品など1500点のうち少なくとも420点は焼失したかもしれないといいます。
首里城の美術品、420点焼失か…琉球王国時代のものも : 国内 : ニュース : 読売新聞オンライン
これは歴史好きとしてはツラい。
なんというか、こういうものは見られないものでも“そこにある”ということが大事だと思ってますので。そこにあるから意義がある、見られる見られないは重要じゃないんです。見たいけど。
まぁ、そりゃあれだけの火災だったら燃えてしまうのは当然なんでしょうけども…。
見たい文化財は即見たい
今回思ったのは、文化財というのはいつどのようなカタチでなくなるかわからない、ということ。
ぼくはたまたま首里城が燃え落ちる前に見ることができましたけど、実はウチの次男が高校の修学旅行で沖縄に行き、当然首里城も訪れる予定だったんです。しかし彼は今回、あの威風堂々たる首里城を見ることができません。
そして、こういうことはどこのどの文化財にも起こり得るのです。だったら、見たいものがあるならすぐにそれを見に行かないと後悔することになるかもしれないんです。
そんなわけなので、ぼくは今すぐにあちこちに旅行に行きたい。行って色んなモノを見て歴史を感じたくなっちゃってます。
早くしないといつ無くなってしまうかわからない!間に合わなくなっちゃう!
最後に
きっと、首里城はまた再建されるでしょう。それがいつになるかはわかりませんし、ぼくはもう見られないかもしれないけれど。ウチの子たちはもしかしたら再建したときに見られるかもしれない。
ちなみに、首里城再建は「ふるさと納税」でも応援できるみたいです。それだけで再建が叶うとは思えませんが、少しずつでも再建に向かって進んでほしいものです。
- 沖縄のシンボル「首里城」再建支援プロジェクト(ふるさとチョイス)
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