いざ、富岡製糸場
先日、ぼくの休日にカミさんも仕事を休んだので「さて、どっかいくか」と悩んだ結果、群馬県の富岡製糸場に行ってきました。
みなさんも知ってますね、富岡製糸場。
日本史の授業受けてりゃ絶対に習ってますし、2014年に世界遺産に登録されて話題になってますから。
しかし、まぁ、それが一体何なのか、世界遺産としての価値はあるんかと疑問に思ってる人も多いんじゃないでしょうか。
実際、ぼくもそうでした。よく知らんし。しかし、知らんかったら知りたくなるってもんです。
「どうせ女の人たちが絹糸を作ってた建物が残ってるだけやろ」くらいにしか思ってなかったんですが、じゃあ実際どうなのか見てやろうじゃないのヒマだし、ってなもんです。
富岡製糸場は想像以上に面白い
というわけで行ってきたんですけど、最初に書いときますが、写真はあんまり撮ってません。世界遺産ですから好きなところをパシャパシャ撮るわけにもいきませんし、何より、あまりにも夢中になりすぎて写真を撮るのを忘れがちだったのです。
このオレンジのレンガの建物がぼくの富岡製糸場のイメージの全てです。門から入ってすぐなんですけど、これは「東置繭所」という建物です。カイコの繭を袋詰めにしてここに置いてたんですね。滅茶苦茶デカいんですけど、みっちり繭が置いてあったんでしょうか。
で、こっちが「西置繭所」なんですが、中が多目的ホールと展示場になってます。なってるんですが、国宝です。入ったら「国宝なので直接壁とか柱とか触るな」とか言われます。なんか滅茶苦茶緊張します。外国人の観光客とか大丈夫なんでしょうか。それはさておき、壁とか柱にチョークで当時の人が落書きとかしててそれがそのまんま残ってて面白い。
さて、写真はこれだけなので、あとは「へえええええ!!!」と思ったことを書き留めておきます。
- 作業する建物だけじゃなくて寄宿舎や病院、社宅などがあり、この製糸場の中だけで生活できた
- 女工さんは周囲から集められたんじゃなくて全国からやってきた。そして製糸の機械の普及と拡がりとともに故郷に帰りそこで教える立場になった
- 世界遺産になったのはこの製糸場だけじゃなくて伊勢崎、藤岡、下仁田の養蚕関連の史跡とまとめて「富岡製糸場と絹産業遺産群」として
- ここが出来るまでは輸出先で日本の生糸はクレームだらけだった
- ずっと国が管理運営していたのではなく、民間企業が運営した
- 1987年まで操業していた
パッと思い出せるのでこれくらいでしょうか。とにかく、その価値はデカいし、面白い。
とにかく、操業を辞めたとき、保有していた片倉工業は一般向けの公開をしないで「売らない、貸さない、壊さない」の方針を出し、維持と管理に専念したのは素晴らしい。だからこそこの規模でこの状態で保存でき、世界遺産になったんだと思います。
あー、面白かった。
最後に
というわけで、みなさんもここは行ってみるべきです。勉強になるし、そんなの抜きでも面白い。
ジックリ見たら1日かかるくらいの規模で、ぼくも全部を見たとは言えないので、今度また隅から隅まで堪能しに伺おうと思います。