織田信長の家来、弥助がハリウッドで映画化されるかもしれないそうです。そんな企画があがっているらしい。
「弥助」と聞いて歴史好き戦国好きは「ああ、アイツね」ってなるでしょうけども、そうじゃない人には「誰ソレ?」ってなもんでしょう。
漫画やゲームにも登場することが多くなってきましたから知名度は上がってきてるんですけども、まだまだ知らない人も多いみたいですね。
弥助
(画像掲載元:http://www.konbini.com/us/entertainment/yasuke-black-samurai-movie/)
弥助(やすけ、生没年不詳)は、戦国時代の日本に渡来した黒人で、宣教師所有の奴隷として、戦国大名・織田信長への献上品とされたが、信長に気に入られ、その家臣に召し抱えられた。
引用元:弥助 - Wikipedia
天正9年(1581年)3月27日、来日していたイエズス会のイタリア人巡察師(伴天連)アレッサンドロ・ヴァリニャーノが織田信長に謁見しました。
そのときに奴隷として引き連れていた黒人に信長が興味を示して召し抱え、弥助と名付けられたということです。
弥助は献上品?
ヴァリニャーノはこの黒人を献上品として信長に渡そうとしていたのかもしれません。当時、世界は大航海時代でヨーロッパ人がアフリカの黒人を奴隷として連れまわしてこき使っていた時期ですから、ヴァリニャーノが「ノブナガサン、コレアゲル」と言ってもなんら不思議はありません。
もしかしたらそうではなく、好奇心旺盛な信長が「コイツ欲しい!」となってヴァリニャーノにねだったのかもしれませんけども。
疑い深い信長、弥助を洗う
どちらにせよ、黒人を見た信長は目をキラキラさせていたことでしょう。新しいもの好きで好奇心旺盛な信長が黒人に興味を示しまくるのは当然でした。
「おい、その肌ホンマに黒いんか?」と思った信長が着物を脱がせて体を洗わせたってエピソードは有名ですね。そのとき、洗えば洗うほど黒光りしていったと言いますが。信長はビックリしたでしょうね。
納得した信長は家と刀を弥助に与えました。ゆくゆくは城主にするつもりだったという話もあります。
とにかく、信長は弥助を気に入っていた模様。
本能寺で歴史から消えた弥助
『信長公記』や『家忠日記』など、史料にもちょくちょく記載されている弥助ですが、本能寺の変を境に日本史上には登場しなくなります。最後に登場するのが『イエズス会日本年報』で、「ビジタドール(巡察師)が信長に贈った黒奴が、信長の死後世子の邸に赴き、相当長い間戦ってゐたところ、明智の家臣が彼に近づいて、恐るることなくその刀を差出せと言ったのでこれを渡した」と書かれています。このあと、捕らえられた弥助を明智光秀は処刑せず、南蛮寺に送ったそうです。
その後の弥助の消息はわかっていません。
ハリウッド映画化
この黒人侍「弥助」が海外で関心を集めるようになり、2017年にハリウッドで弥助の伝記映画が企画され注目されているそうです。
元々、大航海時代という背景があり南蛮人と交流を持っていた織田信長は欧米で知られていて、その信長に仕えた黒人のサムライがいるっていうのは、そりゃあ注目されますよね。
海外のニュースメディア『Konbini』の「Japan's First Black Samurai Yasuke Is Getting His Own Movie」という記事によると、映画は、プロデューサー、マイケル・デ・ルカと脚本家グレゴリー・ワイデンというヒットメーカーが組み、主演は未定とのこと。監督については書かれてないんですが。
あ、ちなみにタイトルは『ブラック・サムライ』だそうです。
参考記事
・弥助 - Wikipedia
・織田信長に仕えた黒人侍「弥助」が世界で脚光 ハリウッド映画化も | NewSphere
・Japan's First Black Samurai Yasuke Is Getting His Own Movie
最後に
奴隷のときの苦しみを抱えながら武士として成長したり、本能寺の変のあとにどうなったか分かっていなかったりして、フィクションを加えて映画化するにはちょうどいい題材なのかもしれませんね、弥助は。ハリウッドが日本の戦国時代をちゃんと描けるのかどうか、という点で非常に不安ではありますが。
とはいえ、弥助が広く知られるということは大歓迎ですので、とにかく続報を待ちたいところですね。