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「大坂」が「大阪」になったわけ

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ぼくは大阪産の男であり大阪をいつまでも愛してやまない大阪人なんですが、昔日本史のテストで「大坂の陣」をウッカリ「大阪の陣」と書いてしまい、満点を逃したことがあります。

まことに惜しい。それくらいええやん、と先生にかけ合ってみたけれどもダメでしたね。

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ところで、なんで昔は「大坂」だったのに今は「大阪」と書くのでしょう。

「坂」も「阪」も意味は変わらない

実は、「坂」も「阪」もあんまり漢字としての意味は変わりません。

「坂」は「反り返った、傾斜した」という意味を持つ「反」に土がついてます。そして「阪」は「反」に「こざとへん」がついてますが、これは「丘」という意味です。

両方とも「傾斜している土地」という意味なんですよね。

だから、「大坂」も「大阪」も意味的には変わらない。じゃあどっちでもええやん、と思っちゃいますが、だからこそ「大坂」から「大阪」への変更は“意図的”に行われたんです。

「大坂」が「大阪」になった経緯

では、「大坂」が「大阪」になった経緯を見ていきましょう。

なかなか面白い歴史があるんですよ。

「小坂」から「大坂」へ

そもそも、あのあたりは「小坂」と書いて「おさか」または「おざか」と呼んでいた地です。

そこへ浄土真宗の蓮如がやってきて「小さいより大きいほうが縁起がええやろ」といって「小坂」から「大坂」になったようです。その後、今の大阪城の位置に石山御坊ができたりして、大阪は浄土真宗の本拠地になっていきますね。

このときはまだ「大坂」は一般化してませんが、その後、信長の時代を経て豊臣秀吉の世になると秀吉がこの地に城を建て、「大坂城」と名付けます。ここで「大坂」という名称が広く知られるようになりました。

「大坂」から「大阪」へ

蓮如が「縁起がええやろ」ってだけで「小坂」から「大坂」に呼び変えたように、「大坂」から「大阪」に変わったのも縁起が関係しています。

幕末のころに「大坂の坂という字は“土に返る”と書いてそれは“死ぬ”ことだから縁起が悪い」と狂言で言われ出したんですよね。そして明治維新以後は「坂」という字は「サムライ(土→士)が謀反を起こす」字だ、なんてことまで言われる始末。ああ、不憫な「坂」の字。

まぁ、そんなことがあって、縁起が悪いのはいけません、ということで1868年に大阪府を設置する際に「大坂」は正式に「大阪」になりました。

最後に

こんなカンジです。

昔の人がしょうもない縁起を担いだおかげで、ぼくはテストで満点を逃したわけです。まったくもう。

まぁそれはさておき、みなさんの身の回りの何気ない地名にも思いがけない歴史があったりして、調べてみると面白いかもしれませんよ。

しかし、「大坂」と「大阪」を書くたんびに変換が入れ替わってめんどくさかったわ。