『西遊記』の三蔵法師のお供といえば孫悟空と沙悟浄と猪八戒。この3人のお供の名前を眺めていると、ひとつの疑問が浮かびます。
孫悟空と沙悟浄には「悟」の字が真ん中に入ってるのに猪八戒には入ってないんだろう?
どうでもいいっちゃどうでもいい話ですけど、今回はその辺を。
猪八戒は通称。本当は…
初めに答えを書いちゃうと、猪八戒は通称で、ホントの名前にはちゃんと「悟」の字が入ってます。
本名は、猪悟能(ちょごのう)と言います。
ホラ!「悟」が入ってる!
この猪悟能と言う名前は観音菩薩からもらった名前です。沙悟浄も観音菩薩からもらった名前でしたよね。
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猪八戒は、元々は天界で天の川の水軍を指揮する天蓬元帥(てんぽうげんすい)ですが、酒癖と女癖が悪く、酔った勢いで嫦娥(じょうが)に言い寄ったため罰を受け、天界を追放されました。
地上では人間に生まれ変わるはずがまちがって豚の胎内に入ってしまって豚の妖怪になってしまい、人を食ったりして過ごしていたところ、ある日観音菩薩に会い、悔い改めて天竺に経典を取りに行く僧の弟子になれといわれ、名前を与えられます。その名こそ、猪悟能でした。
猪八戒という名前
その猪悟能がなんで猪八戒になったのかというと、三蔵法師から名前をもらった名前だからです。
猪悟能は、三蔵がやってくるまで五葷三厭(ごくんさんえん、食べてはいけないもの、いわゆる八戒)を食べないでずっと待っていたんですが、そのことに感心した三蔵が「もう会えたから普通に食べたい」と言った猪悟能を諭し、猪八戒という名前を与えてこれからも戒めを守りなさい、と言ったそうです。
「なんかヒドいな。もう普通に食べさせてやればいいのに。パワハラだ!」なんて現代日本では言われそうなエピソードですが、仏教の教えを真摯に守ることが尊ばれる価値観では当たり前のことでしょうか。八戒もその教えを喜々として受け入れてますからね。
ともあれ、以後、猪悟能は猪八戒と呼ばれるようになります。
孫悟空沙悟浄猪悟能ではだめなのか
ちなみに、原典では孫悟空も孫行者、沙悟浄も沙和尚とか書かれるほうが多いです。実名敬避俗(じつめいけいひぞく)の考えで、親とか君主以外の人が本名で呼ぶのは失礼とされていたからです。三国志の英雄たちに字があって、たとえば曹操を孟徳、劉備を玄徳、諸葛亮を孔明と呼ぶのといっしょですね。
なので、猪八戒もそうやって書かれることに何の不思議もないんですけど。
なんで日本では猪八戒だけ俗称で呼ばれることが多いんでしょうか。孫悟空沙悟浄猪悟能のほうが揃ってて良さそうですけど。
『西遊記』のキャラクターたちには名前がいっぱいあって、読んでるとゴチャゴチャしてきます。あれ?これ誰だっけ?ってなる。なので日本で紹介するときに法名で統一したんじゃないかなぁと思うんですが。
だから孫悟空は原作でどう書かれていようとも孫悟空は孫悟空、沙悟浄は沙悟浄で統一した。なので猪八戒も猪悟能で統一してもいいんですが、沙悟浄と音が似ていてこれまた混乱するかも知れない。だったら三蔵からもらうときに強いエピソードがあって印象に残ってるから猪八戒にしよう、ってなったんじゃないでしょうか。
最後に
というわけで、猪八戒も猪悟能という名前を持っていて、孫悟空と沙悟浄とお揃いです。
帰順者すべてに「悟り」の字が入ってるなんて三蔵法師さまも得が高いお方だ!と思わなくもないし、観音菩薩もそのことについて「すごい偶然だ!」とか言ってますけど、沙悟浄と猪悟能はアナタが付けた名前ですけど?みたいな。偶然を装うためにワザとやったな。
お蔭で三蔵法師も「俺ってすごい!」とテンションが上がって天竺まで頑張れたんでしょう。