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「ケセラセラ」が座右の銘です

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みなさんは「ケセラセラ(ケ・セラ・セラ)」って言葉を知ってます?

ぼくは割とこの言葉が好きでよく使ったりしてます。つまりは、ぼくの座右の銘ってやつです。

どうでもいいんですけども、ぼくは「ケセラセラ」と書いたり「ケ・セラ・セラ」と書いたり割といいかげんです。ケセラセラ、ですから。

「ケセラセラ」って?

「ケセラセラ」は、「なるようになる」って意味のスペイン語です(英語では「Whatever will be,will be」)。「qué será,será」と書きます。ただ、スペイン語の文法的に正しくはありません(正しく書くと「lo que será,será」)。

その言葉がヒッチコック監督の映画『知りすぎていた男』の主題歌「Que Será,Será」がヒットしたことによって広まったっぽいです。ちなみに、主演女優のドリス・デイが歌いました。

今は副題に英語表記を入れ『Que Sera,Sera (Whatever Will Be,Will Be)』と表記するのが専らとされているらしいです。

日本語にも訳されてペギー葉山さんが歌ってヒットしました。

なぜ好きなのか

で、この「ケセラセラ」という言葉をなぜぼくが好きなのか、座右の銘にしているのか、なんですが。

これはもう、この言葉がぼくのいい加減かな性格にマッチしてるからです。ずぼらでいい加減でめんどくさがりのぼくの免罪符。それが「ケセラセラ」だったのです。

どっちかというと、ぼくが「ケセラセラ」とかいう場合、「なるようになる(から流れるままにいこう)」というより「気楽に行こうぜ」というニュアンスで使う場合が多いかな。その意味では、ぼくの気分的には「Take It Easy」のほうが近いかもしれません。

時間の流れや物事の変化は、ぼくの力ではどうしようもないんだから考えるよりも流されていくしかありませんのよーみたいにいいながら、かといって厭世的なわけでなく、退廃的なわけでもなく、絶望的なわけでもなく、ただただ気楽にいこうぜ!という感じですね。

まぁ、このような考えで時々とんでもないところに流れ着いて必死に軌道修正を加えながら生きてきたいい加減な人間がこのぼくってわけです。

はっはっは。ケセラセラ!

Google翻訳だとどうなるか

ちょっとここでお遊び。近ごろ精度がよくなったというGoogle翻訳さんに「qué será,será」を訳してもらいましょう。

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それは何ですか?

「それは何ですか?」って、何じゃそりゃ。

ちなみに、文法的に正しいとされる「lo que será,será」で試したら、「何がありますか?」。

何じゃそりゃ。

最後に

ね、みなさん、「ケセラセラ」の精神で生きていきましょう。

なるようになる。流れるままに。

時の過ぎゆくままに。それはジュリー。