コバろぐ

社会人ブロガー頑張る

72年生まれの男を作ったゲーム10本

当ブログではアフィリエイト広告を利用しています

★Kindle本は安く買おう→【お買い得】現在進行形のKindleセール情報!【随時更新】


先日、こんな増田を読みまして。

ぼくもやりたいいいい!と思ったのでやる。

ぼくを構成すると言っていいゲーム10本です。

72年生まれの男を作ったゲーム10本

目次

マリオブラザーズ(1983/AC/任天堂)

ぼくのビデオゲーム初体験は、行きつけの駄菓子屋の奥にあった『マリオブラザーズ』と『ゼビウス』です。

友だちとも同時に遊べる『マリオ』と、美しいグラフィックとサウンドで見るものを引き付けた『ゼビウス』、どっちがぼくの人生により影響を与えたかといえば、やっぱり『マリオブラザーズ』になると思います。

親に何でも買ってもらえる羨ましい友人がファミコンを買ってもらってからそいつの家に入り浸り遊びまくったのが『マリオブラザーズ』で、協力プレイでどこまで先のステージに行けるか挑戦したり、2人でいわゆる“殺し合い”をやったりして、ともすればひとりで遊ぶものと思われるビデオゲームを、2人で、ギャラリーがいればそれ以上の人数でも楽しめると定義してくれたのは、今考えると「ゲームをやる後ろめたさ」の解消にその後も役立ったような気がします。

まぁ、駄菓子屋で遊んでたのは『マリオブラザーズ』じゃなくて『マサオブラザーズ』だったんですけど。

ハイドライド(1984/PC88/T&Eソフト)

ぼくが中学生になったときに、新しいもの好きの親父が「マイコン」を買うと言い出しました。

で、買ったのはPC-8801markⅡSRだったんですが、購入するときに近所のラオックスに一緒について行って、親父が商談をしてるときに店頭でデモられていたのが『ハイドライド』でした。デモと言っても商品がそのままなので普通に遊べます。そこに子供たちが群がってたんですね。「なんだこれは。ゲームか。なにをしてるんだ。得点はないのか。どうやったらクリアなんだ」と不思議に思いつつそのときは帰ったんですけど、その後すぐにぼくは誕生日を迎え、「これが欲しい」と妙に頭に残っていた『ハイドライド』を買ってもらいました。

「スコアが無い」「キャラクタが成長する」という、いわゆるRPGの要素に衝撃を覚えドハマりし、ヒマがあってもなくても『ハイドライド』という日々を過ごすようになります。

その後「RPG」というジャンルのゲームを漁るようになり、『ブラックオニキス』や『ファンタジアン』、『アークスロード』を遊びついに『ウィザードリィ』『ウルティマ』という原点に返ることになり今でもファンタジーRPGには目がないわけですから、キッカケとなった『ハイドライド』はぼくにとっては非常に重要なゲームなのです。

三國志(1985/PC88/光栄)

ぼくは歴史が好きで歴史シミュレーションゲームが好きで元光栄信者なんですが、そのベースを作ったのは『三國志』です。

初代『信長の野望』は友人のPC6601で遊んではいたんですが、よくわからないままでした。そこでやってきた『三國志』、これによりぼくは戦略シミュレーションの面白さを知りました。

ジックリジワジワと自分の領土を豊かにしていって頃合いを見計らって他国に侵略し領土を拡げる、そのために配下武将を手なずけて軍隊を強くする。そのときの状況によって最善の手を探り、英断を持ってやってみる。それがときには成功しときには失敗するというままならなさ。頭から煙が出るような感覚、それがうまくいったときの快感、これがぼくを虜にしていきました。

ちなみにこの時点で『三国志』という物語についてはまったく何も知りませんでした。武将も地名もこれで覚え、徐々に関連書籍も読むようになり「歴史って面白い!」となり、それが『信長の野望・全国版』を遊ぶ際に派生していって日本史にも興味が広がっていきました。

歴史が好きになり結局大学もそれで行っちゃったわけですから、光栄のゲーム、特に一番最初に体験した『三國志』は、僕の人生に一番影響を与えたゲームかもしれません。

ウィザードリィ(1985/PC88/アスキー)

『ウルティマ』と並び、コンピュータRPGの祖と言っていい『ウィザードリィ』。

『ハイドライド』のところで述べたように、ぼくはひとしきり国産のRPGを遊んでからこの『ウィザードリィ』を手にしました。

「いよいよ、あの『ウィザードリィ』を、遊ぶのだ」

ひとつのタイトルに対するその高揚は、それまではなかったしこれからも無いでしょう。

導入しかないストーリー、真っ暗い画面に線だけで現されたダンジョン、グラフィックなどない文字と数値だけのキャラクタ、「ゲームは想像を刺激してこそ面白い」ということを強くぼくに叩き込んだのが『ウィザードリィ』でした。おかげで未だに「RPGにストーリーは要らない」「ゲームは良いシステムがあれば良い」なんて未だに言っています。

そして、「ゲームは緊張を伴ったらもっと面白い」とも。

いくらレベルを上げて鍛えても一撃で首が飛んで死ぬキャラクタ、絶対に成功するとは限らない蘇生、しかも蘇生に失敗したらキャラクタもアイテムも二度と戻らない。

一度きりやり直しはきかない。人生もかくや。

ベストプレープロ野球(1988/FC/アスキー)

ぼくはプロ野球観戦が好きですが、その「見かた」を変えたのがこの『ベストプレープロ野球』です。

それまではホームランが飛び交う乱打戦が好きだったんですが(今でも好きは好きだけど)、それよりも1点を争う、監督の采配ひとつで試合が徐々に転がり出すヒリヒリするような投手戦を好むようになりました。それはこの『ベストプレープロ野球』で監督を体験したからです。

キャラもデフォルメされたドット絵でスタジアムと選手の比率もおかしいような見た目なので分かりにくいですが、これほど良く出来た野球シミュレーターは他にはありません。

打球の軌道などで納得いかないものはないし、データがスゴい選手が不振なシーズンが出てきたりする。普通の野球ゲームだと優秀な人はどこまでも優秀で使えないやつはとことん使えないんですが、それがないんですよね。だけど10回ほどシーズンを回して成績をみると大体データ通りになってたりする。この数字の“ゆらぎ”は本当に素晴らしいし、未だにこれを為し遂げているのは『ベストプレープロ野球』のみだと断言できます。

野球ゲームは選手より監督をするほうが面白い。それを立証するに耐えうるシステムには脱帽です。

維新の嵐(1989/PC88/光栄)

『維新の嵐』は元々1988年にPC9801でリリースされていて「16bit機をギリギリ使って開発されたので8bit機であるPC88には移植されない」という情報を噂で聞いて、PC88SRユーザーであるぼくは絶望のどん底に突き落とされていました。ちょうど司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に大興奮していて幕末にどハマりしていたところに出てきたゲームで「遊びたい絶対遊びたい必ず遊びたい!」のに絶対に遊べなかったからです。ダメ元で親父に98を買ってくれと頼んだこともあったけどもちろん願いは叶わず。あそこまでゲームに対して遊びたい欲求が高まったことはありません。

ところが。

翌年、PCゲーム雑誌『ログイン』の光栄の広告のページに『維新の嵐』88版の情報が出てきて飛び上がって喜びました。何とか発売日に入手して遊びたい、と思ったんですが、当時はAmazonや楽天市場どころかネットも普及してない時代です。が通信販売の手段はあって、現金書留でメーカーに現金を送るのです。

光栄におカネを送り、無事発売日に入手したぼくは、その日は学校から家に帰って晩メシも食わず『維新の嵐』に没頭し、結局その日は徹夜をしました。「徹夜」というのは子供は憧れるものでぼくもそうだったんですが、これでひとつ大人の階段を登ったような気になったものです。

同級生(1992/PC98/エルフ)

ホビーパソコンの役割がPC88からPC98に移行して、海外のDOS/Vが気軽に日本でも買えるようになってくるとゲーム市場はそちらに移ってしまい、国産のPC98は18禁ゲームいわゆるエロゲーしかリリースされないとかいう時代は確かにありました。しかしそれだけに、それまでは「ただのエロ画像をみるだけのためでゲームとしてはおざなりなゲーム」ばかりだった18禁ゲームが「しかるべきゲームシステム上でちゃんと理由づけされてエロい画像が見られる」、つまりゲームとしてしっかりしている18禁ゲームも増えてきました。

この『同級生』はそのころの傑作のひとつです。

そして、ぼくが初めて買ったエロゲーでもあります。「エロゲー買うなんて」という羞恥心と小さなプライドをとっぱらうために、前述のような「『同級生』はゲームとして素晴らしいと聞く。ならば、エロいエロじゃない関係なくゲーマーとして遊ばなければならないではないか」という理由づけを与えてくれたから購入できたといっていいでしょう。

実際にこの『同級生』は、ただ単に女性のエロい描写を楽しむためだけの紙芝居が多かった中で、夏休みの間にいかにヒロインと仲良くなってなぜ仲睦まじくホニャララなことをするのか、という過程が(いささかステレオタイプではあるけれど)緻密に描かれていて、ちょっとした小説を読むような感覚を得られます、と言ったら過言かも。

まぁ、「エロゲーも立派なゲームである」と世に問うた意欲作だと思っているし、そういうしっかりしたゲームシステムがあればこそぼくも購入する理由づけが出来て遊べたわけで、自分史上初のエロゲーとして、やはりぼくの頭の中では燦然と輝いているわけです。

あと、ディスクの枚数が膨大で、それを解消するためにぼくに初めてハードディスクを買わせたゲームであり、そのお蔭で『ルナティック・ドーンⅡ』などを遊べる環境ができたわけで、そういう意味でもぼくの人生に必要なゲームでした。

トルネコの大冒険(1993/SFC/チュンソフト)

『ウィザードリィ』や『ウルティマ』よりも前に登場し、元祖コンピュータRPGと言っていい『Rogue(ローグ)』は88に移植されたのをポチポチと遊んでいたんですが、なかなかハマりきれずにいました。『ウィザードリィ』のところで述べましたが「ゲームは言いシステムがあればいい」というぼくにとっては大好物になるはずのゲームなんですが、なんせキーボードをフルで使うような操作が煩雑すぎてメンドくさかったのです。

漠然と「遊びやすい『ローグ』が出ないかなぁ」と何年もずっと思っていたところへ登場したのがこの『不思議のダンジョン トルネコの大冒険』です。『ローグ』を『ドラゴンクエスト』の世界にバッチリはめ込んだ世界観で日本での『ローグ』の地位を押し上げました。何よりもあの煩雑な操作とインターフェイスをスーパーファミコンの画面とコントローラに落とし込んだのは非常に大きな功績だったと思います。

元々好きだけどめんどくさくて敬遠していた『ローグ』がグッと身近に来たので、ぼくは他のゲームには目もくれず憑りつかれたように遊んでいました。が、実は浪人2年目であり、受験勉強しなきゃいけないのにゲームをしている背徳感、親への申し訳なさが『トルネコ』を楽しむスパイスになっていたのは否めません。

「浪人生がゲームしてる場合か」というもっともな意見はあるでしょうしそれは正しいのは間違いないですが、1浪のときに好きなゲームを封印して勉強し判定はバッチリ合格なのに全滅しちゃって腐って惰性で浪人を続けていた当時のぼくは、この『トルネコの大冒険』に熱中することで救われたのです。

ゲームで救われる人生は、ある。

ルナティック・ドーンⅡ(1994/PC98/アートディンク)

「RPGにストーリーはいらない」これを高いレベルで再確認させてくれたのがこの『ルナティック・ドーンⅡ』です。

いくつもの文明を持つ広大な世界を必殺技やレアアイテムを探して冒険するオーソドックスなRPGと言っていいかもしれませんし、もちろんラスボスという存在もあるのですが、極端な話、このゲームは「ラスボスを倒さなくてもいい」のです。世界を救う英雄になるのは目的のひとつではありますが、そんなものはほっといて世界に悪名を轟かせてもいいですし、国王になるという選択肢もある。「与えられた世界で思うままに冒険する」というのがこのゲームのコンセプトであり、その目的はプレイヤーが選べばいいのです。今でいうオープンワールドRPGですね。さらに異性のNPCとは結婚もでき、配偶者や子供ともパーティを組めたりします。

とにかく、ひとつの世界がモニターの中にあって、実際にその中で冒険しているような感覚を久々に堪能できて「RPGってこれだよな」「ゲームってこうだよな」という幸せな確認ができた良いゲームですね。

いつまでもゲームばっかりやっている50間近のオッサンには、こういうゲームが要所要所で出てきてたんですよ。

The Elder Scrolls Ⅳ:Oblivion(2006/Win/Bethesda Game Studio)

90年代後半になると色々あってゲームから離れ、その後結婚もして子供も生まれ、まったくしないわけではないけどゲームをする時間を削りまくってたんですが、ある日偶然ゲーム情報サイト『4Gamer.net』でプレイ日記を見つけて読んだときに「なんだこの『オブリビオン』というゲームは!と遊ぶ前から衝撃を受けました。

美しいグラフィック、何でもできそうなシステム、ド級の自由度の高さ。『ウィザードリィ』で自分の中で作り上げ『ルナティック・ドーンⅡ』で確信したぼくにとっての「RPGの正解」が、高水準のスペックで再現されているように思いました。

いざ遊んでみるとその思いは間違いではなく、さらに耳から入る情報も「すげぇ」ということが分かりました。ダンジョンの奥から聞こえるかすかな話し声とか唸り声とか、身震いするほど「すげぇ」と思ったものです。

きっとゲームも徐々に進化していったんでしょうが、「ゲームももういいかな…」と思いつつしばらくゲームに触れてなかった時期を経てから得た『Oblivion』の世界は本当にカルチャー・ショックでした。

そしてこのゲームのおかげでぼくのゲーム熱は未だに消え去ることはなく、今になってもゲームばっかりしているわけです。

最後に

というわけで、こんなパクり企画を長々と読んでいただきありがとうございました。

もちろん他にも書きたいゲームは山ほどあるんですけど、今のぼくの生活や趣味にまで影響を及ぼしている10本を選ぶとすれば、これかな、というカンジです。

あくまでもぼくはPCゲーマーを自認しているので、コンシューマ機のゲームが少ないのはご容赦ください。

さて、みなさんの10本はどんなかな?